英語教育よもやま話

英語教育関連の情報提供を通じ、相互交流できればと思います。

「地域のナナメの関係」

 杉並区立和田中の藤原校長は、家庭・学校・地域が三つ巴となっ
て子育てすることの大切さ、必要性をいろいろな所で訴え、実践さ
れている。
 その中で、「ナナメの関係」という言葉を使われている。親では
なく、友達でもない、第三者の大人との交流関係をさす言葉だ。
 エドベック社もNPOを通じてお手伝いさせていただいている「土曜
日寺小屋(ドテラ)」
での様々な大人、大学生との交流もその一つ
の実践だろう。

 思えば、地域の学習塾というのも、まさにそうした「ナナメの関係」
・「生徒の通う一学校の中だけの狭い子ども関係ではない別の
社会」を提供しているという点で大変意義深いものがあると思う。

 違う学校の生徒との交流による切磋琢磨、そして塾の教師という
「ナナメの関係」は、子育ての一つの場として機能している、そう
した運営がされている民間教育機関も少なくない。大規模な会社組
織化しつつある塾が多いが、本来の学習塾が持っていた機能は、こ
うした所にあることも忘れずにいてほしいと願う。

 そのためには、塾の先生も「ナナメの関係」を提供できる「良き
地域の大人」でなければならないが、最近の塾の授業を見学すると、
残念ながら心配になることが少なくない。
 家庭と学校だけでなく、子どものもつ社会を複線化することで、
「いじめへの抵抗力」「子どもの活躍できる場づくり」「居場所づ
くり」になるだろう。

 先生方、「ナナメの関係性」を大切にした教育を意識して、「よ
り良い大人」を目指していこうではありませんか。
(自戒の念を込めて)

堀川高校のサクセスストーリーを読んで・・・

奇跡とよばれた学校〜国公立大学合格者30倍のひみつ〜
荒瀬克己 著 朝日新書

 京都市立堀川高校の学校改革の軌跡を表した本だ。タイトルに
「奇跡」とされているのは、きっと著者は不満なのではないだろ
うか。なぜなら、奇跡ではなく、思いが結集した結果による当然
の帰結という自負をお持ちに違いないからだ。生徒指導、クラス
運営、学校運営、経営などのさまざまな点で、大変示唆に富んだ
内容だった。  以下印象的だった箇所を引用する。

・「啐啄同時」(ソッタクドウジ)が大きな変革パワーを生む。  
 啐啄とは、雛がかえるときに、内側からつつく力(啐)と母鳥が外か
ら助ける力(啄)のことを指すのだそう。最良のタイミングで事をなすことの意。

・ 「お手本はすべて歴史の中にある」「新しい冒険はしない」 
 新幹線作りで有名な島秀雄氏のことを引用し、(最新の革新的
な新幹線という乗り物を)「実証されている技術だけで作る」と
して成功されたこと。即ち、改革は新しいことに冒険してチャレ
ンジするのではなく、過去のよきものをしっかりと見出し、それ
を最大限に有効に使いながら新しいものを生み出すことができる
のだという氏の信念。
 「改革は、問題解決であって、冒険ではない。」は、肝に銘じたい。

・受験は団体競技。生徒同士の「思い」「勢い」が重なりあって相乗効果
で力が高まり合格する。

 昨今の衛星、DVD授業の人気はすごいが、やはり本来はライブ授
業特有のダイナミズムは強いのではないかという思いが、抜けな
い私には、とても心地よい響きだった。しかし指導の本質がここに
はあるのではないか?

・重要なのは、すべての生徒に「考えるきっかけ」を与えること。そうすれば
生徒たちは、学ぶことの楽しさに気づき、自分の中にある能力を自分
で引き出せることに気づいていきます。

 教師は何をすべきかを改めて考えさせられる。私たちは、「教
える」ことに一生懸命になっていて、本当は、生徒を伸ばしたと
勘違いしているのではないか。生徒が本当に自立して力を発揮で
きるような指導を意識すると、こうなるというものか?もちろん、
対象が高校生であるから、小、中学生ではまた必要なアプローチ
が異なる部分もあると思うが、示唆に富んでいた。

・「木は光を浴びて育つ。人は言葉を浴びて育つ。いい言葉、正しい
言葉を浴びているかどうかが大切だ。」

 何が正しい言葉かどうかは別として、言葉を浴びて育つという
のは間違いない。昨今、言葉の浴び方が足りなかったり、良い言
葉のシャワーが極端に少ないのではないかと危惧する。  良い言
葉とは、もちろん表現がきれいな言葉という意味でもそうだし、
(最近見学した塾の若い先生方の言葉が乱暴で汚かったのを思い
出す!)含蓄のある言霊をもつ良い言葉を浴びたいし、浴びせる
よう心がけたい。

・教育は農業的ではなく林業的な視点で(倉本聰)
・1年を思うものは花を、10年を思うものは木を、100年思うものは人を育てよ。
 短期での成果は、もちろん無視できないが、やはりある程度長
期的視点が大切なのが教育か。  学校改革の成功秘話だが、きわ
めて当たり前のことを情熱と信念でしっかりと実践した結果なの
だということを知った。

一読をおすすめしたい本です。


英語の名前を使った授業・・・

授業見学にいくと、よくビギナークラスで見られるのが、名前を
聞いて、答える授業の中で、皆がそれぞれ英語名をつけて練習し
ている場面にでくわす。

 知っている外国人の名前になぞらえて、自分で名前を選択する
楽しさがあるというのは、参加型授業の一手法として有効ではあ
るが、それでも、やはり先生までが、" Hello. I'm George!! 
So please call me George."などと話すのを聞くと、やはり場面
設定として無理があるからだろう、お遊びだとは言え、どこか白
けてしまうのは私だけだろうか。

 それでも、外国事情を絡めてこうした授業をするのであれば、
少しリアリティがあって面白いかもしれないと思う。

 そのヒントとして、面白い記事を見つけた。
「ここいちさん」のブログ
「東アジア(中国、台湾、韓国、等)英語教育」だ。

 「英語名は・・・といいます」 台湾の若者の間では、英語名でお互いを呼び合うことがしばしばあります。もちろん若者だけではなく、海外に出て仕事をする機会のある方は、必ずといっていいほど、自分の英語名を持っています。ただしこれは、戸籍に登記するとかいったものではなく、ニックネームのようなものです。ですから、自分自身の名前とはかけ離れた音の名前をつける人も多くいます。

 日本では、鈴木さんであれば...
我的英文名字叫做・・・



  そういえば、上海や北京の企業にいったときも、英語名をも
つ人が少なくなかったのを思い出す。中国名を眠眠(ming ming)
という女性がCharlotteだったし、Catherinもいた。

 中国の名前の付け方は、なかなか面白いと思う。マクドナルドが
麦当労(マイダンラオ)、セブンアップは七喜(チーシ)、コカコ
ーラは可口可楽(コークラー)といずれも、音訳による当て字が盛
んだ。外来語そのまま流用よりも洒落ているともいえる。

全国小学校英語活動実践研究大会リポート

第3回全国小学校英語活動実践研究大会リポート

文科省初等中等教育曲教育課程課教科調査官の菅正隆氏の講演が
あった。要旨と印象をまとめてみたい。

「小学校英語の課題と展望」とのタイトルでの講演

以下菅氏の講演要旨。

 伊吹文科相発言以来、小学校英語については、後退しているの
ではないかという印象をもたれているかもしれないが、そうでは
ない。

 伊吹文科相の発言は、中学校英語前倒しのイメージをもっていた
からで、国際理解、コミュニケーション基礎という前提では概ね肯
定的に理解していただいている。
小学校では、「英語の言語活動により積極的にコミュニケーション
を図ろうとする態度の育成、言語や文化への体験的な理解、英語の
音声、会話への慣れ」を目的として、「言語の使用場面を設定する」
といったことが中教審では考えられている。
また予算申請38億、下りたのが6.2億も後退ではなく、想定内。申請
内容の細部策定が間に合っていないので、妥当な予算である。
・教材マスター作成に約2千万円。(教科書作成費用と同等)
・拠点校作り予算 5.6億円
   600校=40校につき1校が拠点校となるのは画期的。
   1校当り100万円弱の予算化。
・研修費 2.8千万円

などの説明がなされた。

====== コメント ========

 小学校英語の後退イメージを払拭すべく、講演された菅氏は「後
退ではない」ということを強調されていた。しかし、やはり中身を
見ると後退と考えざるを得ないだろう。また、英語科設置は、「英
語活動等国際理解活動推進」というようにトーンダウンしているし、
予算申請38億が、6億の予算となった点は、どう説明されても後退で
しかない。
 600校の拠点校作りは、氏も強調されていた通り、高く評価できる
が、1校当り100万円弱で、しかもALTなど講師の人件費を含むもので
あることを考えると、極めて弱いサポートでしかないだろう。

 また、40万人の小学校教職員に対する教職員研修費への充当分も
当面は、全国の指導主事(リーダー)の育成のため、各都道府県か
ら1名に対する研修を予定しているという。
 これらをみると、十分なバックヤードのサポート体制はない中、
当面は現場の個人の努力と学校の創意工夫頼みで乗り切るという図
式は大きくは変わらないと思われる。

菅氏が最後に指摘されていた、「小学校英語が導入されれば、中学
校英語が変わらなければならなし、高校英語が変化しなければなら
ない。」という点は正しい。
 説明は、決して後退ではないと言いつつも、実際は、やや後退気
味の現状が見てきたが、それでも救いは、文科省の菅氏のような方
々に、とにかく実現へ向けて、遅々ながらも推進していくのだとい
う姿勢が強く見られる点であると思う。

 以前にも書いたが、伊吹文科相が就任と同時に、個人の印象で、
それまでの文科省の動きを否定してしまう発言をすることにあきれ
てしまったが、それが許される組織も本当におかしいと思う。ただ
それを必死に理解してもらうように、菅氏をはじめ担当者の方が努
力されているの感じた。

 今後も、是非ともバックヤード作りに尽力いただきたく、心より
お願い申し上げます。どうか頑張ってください。