英語にもの申すブログから・・・
倫太郎さんのブログを拝見して
とてもはっとさせられました。この記事にコメントされた柳瀬先生の洞察は、いつもとてもするどく考えさせられることが多いのですが、とてもよい指摘だと思いました。
果たして英語を学習する意義とは何か。外国語を学習するとその言葉のもつ文化の切り取り方、くみ上げ方の違いにはっとさせられることがあります。そうした事を知ることで、母国語のもつ文化や思考を意識することができ、世界が広がります。
もちろん、コミュニケーションできるようになることは便利ですし、活動範囲を広げることができるので良いのですが、どうも道具、道具という無理に使用する方法を模索している傾向もあるように思います。
小学校での買い物ごっこの授業の多さは、入りやすさはありますが、そればっかりやられると、どうも違うのではと思ってしまいます。英語で買い物することが日常な生徒は、そうはいないでしょう。
コミュニケーションの態度の育成、アレルギーを無くす契機としての英語の使用という側面はあるにしても、母語比較の中で、言葉を意識化し、異文化的な発想の広がりを意識しつつ思考するという側面は、英語学習の両輪ではないかと最近強く思うようになりました。
とてもはっとさせられました。この記事にコメントされた柳瀬先生の洞察は、いつもとてもするどく考えさせられることが多いのですが、とてもよい指摘だと思いました。
果たして英語を学習する意義とは何か。外国語を学習するとその言葉のもつ文化の切り取り方、くみ上げ方の違いにはっとさせられることがあります。そうした事を知ることで、母国語のもつ文化や思考を意識することができ、世界が広がります。
もちろん、コミュニケーションできるようになることは便利ですし、活動範囲を広げることができるので良いのですが、どうも道具、道具という無理に使用する方法を模索している傾向もあるように思います。
小学校での買い物ごっこの授業の多さは、入りやすさはありますが、そればっかりやられると、どうも違うのではと思ってしまいます。英語で買い物することが日常な生徒は、そうはいないでしょう。
コミュニケーションの態度の育成、アレルギーを無くす契機としての英語の使用という側面はあるにしても、母語比較の中で、言葉を意識化し、異文化的な発想の広がりを意識しつつ思考するという側面は、英語学習の両輪ではないかと最近強く思うようになりました。
斉藤 孝 教育講演より
● 斉藤孝 教育講演会より……━━━━━━━━ ●
先日、どりむ社主催の「斉藤孝の教育講演会」が行われた。作文に関するテーマで、保護者と生徒を対象とした会だったので、なかなか話しにくい環境であったにもかかわらず、さすがに上手な講演だった。直接英語とは関係ないが、内容も意義深かったので、以下にいくつか拾い出して報告させていただきたい。
頭が悪いより、ぜったいに頭がよい方がいいだろう?頭の良し悪しは、(作文だけでは測りきれないものもあるにはあるが、)だいたい作文力でわかる。
では、作文力とは一体なにか?
それは、文がつながること。ストーリー性があること。
そのためのトレーニングは、要約することだ。
漫画を読んでも、ドラマを観ても、映画を観ても、必ずその内容のあらすじを言ってみる。保護者は子供に、あらすじを言うことを条件にTVを見せるとよい。その際、時間を区切って、1分でとか、3分でなど時間を区切って言わせることは大切だ。
「段取り力」を磨く。段取りを知っていれば、説明できる。例えば、5分の漫才のビデオを見せて、その面白さを分析して5個書ける生徒と、20個書ける生徒がでてくる。当然、20個書ける生徒の方が、段取り力があると推察できる。
そのためにはメモをとる癖をつけさせる。アニメノート、習い事ノート、映画ノートなど、何でもメモするくせをつけることで、段取り力をつけていく。何事も始めるのが大変だが、スタートさせれば、後はある程度「慣性の法則」が働く。
また、原稿用紙アレルギーを無くす。大学生でも原稿用紙アレルギーがいるのに驚くが、慣れれば、どうってことはない。量をこなすことが大切。量を大量にこなせば、やがて質も変化する。「量の質的転化」がおきるのだ。ひたすら練習せよ。
まぁ、これらはかなり大雑把な話だが、基本的に著作の中身で書かれていることと同じだ。興味深かったのは、講演の手法だ!
● 聴いたことを再現させる!
斉藤先生は、一通り説明をした上で、受講者全員に以下のような行動を要求、実践した。
「今まで話した内容を要約して、相手に1分でまとめて伝える。」
ちなみに斉藤先生の大学講義では、毎回これを実施させるそうだ。学生は受講後、ペアになって、その日の講義内容のあらすじを相手にメモを見ずに話すのだそうだ。相手は、メモをみながら抜けている点を補足する。こうして記憶定着を図るというものだ。その際に、必ず時間制限を設けること。
これで、いっきに講演参加者の集中度があがる。内容を再度口に出すことで、記憶定着もあがるし一石二鳥。なかなか1時間の講義内容を再現するというのは、難しい。
多くのセミナーなどにでても、記憶に残っているのはごく僅かで、後はメモも見直さないとなかなか思い出せない。ひどいときは、メモをみても思い出せなかったりする。(もっともその講義の「意味の含有率」にもよるが・・・)
それに比べるとこの手法は、確実に講演内容を意識化するのに役立つ。ぜひとも使いたいテクニックの一つだと感じた。
みなさんも復習機会などに利用してみてはいかがでしょうか?生徒たちの授業集中度がアップするのではないでしょうか。
以上参考までに。
先日、どりむ社主催の「斉藤孝の教育講演会」が行われた。作文に関するテーマで、保護者と生徒を対象とした会だったので、なかなか話しにくい環境であったにもかかわらず、さすがに上手な講演だった。直接英語とは関係ないが、内容も意義深かったので、以下にいくつか拾い出して報告させていただきたい。
頭が悪いより、ぜったいに頭がよい方がいいだろう?頭の良し悪しは、(作文だけでは測りきれないものもあるにはあるが、)だいたい作文力でわかる。
では、作文力とは一体なにか?
それは、文がつながること。ストーリー性があること。
そのためのトレーニングは、要約することだ。
漫画を読んでも、ドラマを観ても、映画を観ても、必ずその内容のあらすじを言ってみる。保護者は子供に、あらすじを言うことを条件にTVを見せるとよい。その際、時間を区切って、1分でとか、3分でなど時間を区切って言わせることは大切だ。
「段取り力」を磨く。段取りを知っていれば、説明できる。例えば、5分の漫才のビデオを見せて、その面白さを分析して5個書ける生徒と、20個書ける生徒がでてくる。当然、20個書ける生徒の方が、段取り力があると推察できる。
そのためにはメモをとる癖をつけさせる。アニメノート、習い事ノート、映画ノートなど、何でもメモするくせをつけることで、段取り力をつけていく。何事も始めるのが大変だが、スタートさせれば、後はある程度「慣性の法則」が働く。
また、原稿用紙アレルギーを無くす。大学生でも原稿用紙アレルギーがいるのに驚くが、慣れれば、どうってことはない。量をこなすことが大切。量を大量にこなせば、やがて質も変化する。「量の質的転化」がおきるのだ。ひたすら練習せよ。
まぁ、これらはかなり大雑把な話だが、基本的に著作の中身で書かれていることと同じだ。興味深かったのは、講演の手法だ!
● 聴いたことを再現させる!
斉藤先生は、一通り説明をした上で、受講者全員に以下のような行動を要求、実践した。
「今まで話した内容を要約して、相手に1分でまとめて伝える。」
ちなみに斉藤先生の大学講義では、毎回これを実施させるそうだ。学生は受講後、ペアになって、その日の講義内容のあらすじを相手にメモを見ずに話すのだそうだ。相手は、メモをみながら抜けている点を補足する。こうして記憶定着を図るというものだ。その際に、必ず時間制限を設けること。
これで、いっきに講演参加者の集中度があがる。内容を再度口に出すことで、記憶定着もあがるし一石二鳥。なかなか1時間の講義内容を再現するというのは、難しい。
多くのセミナーなどにでても、記憶に残っているのはごく僅かで、後はメモも見直さないとなかなか思い出せない。ひどいときは、メモをみても思い出せなかったりする。(もっともその講義の「意味の含有率」にもよるが・・・)
それに比べるとこの手法は、確実に講演内容を意識化するのに役立つ。ぜひとも使いたいテクニックの一つだと感じた。
みなさんも復習機会などに利用してみてはいかがでしょうか?生徒たちの授業集中度がアップするのではないでしょうか。
以上参考までに。
再び小学校英語について
●再び小学校英語について
Hal先生の英語見聞録というブログの中で、小学校英語に関するコメントが書かれていた。その中で、
そして、英語を通して日本語も知る、そして、その言語の背景となる、異文化に対する理解、そして発見をしていくことも大切かな、と思う。
と書かれている部分に共感した。
私は、小学校からの英語指導の効用は2つあると思っている。
(1)小学校〜中3までの間での英語カリキュラム立ては真の「ゆとり教育」を生み、コミュニケーション型の英語指導の充実が図られる可能性が高い。
中学校3年間での現行の時間数では、十分な指導ができていると思えない。中国の見学リポートにも書いたが、(こちら「中国英語教育視察日記」をお読みください!)小学校からの時間数確保は、成功していると言え、十分参考になる。
(2)英語を学ぶことで日本語への関心が高まる
Hal先生がおっしゃるように、英語を意識することで、はじめて日本語を意識するようになる点が多々あるということだ。言語が世界をどう切り取ってみているのかを相対化する契機として、英語と日本語の世界の違いと、人間として同じようにみている部分に触れることで、文化、ことばへの関心が高まる例を今までもたくさん教室でみてきた。
上記2点が私が最もメリットとして考えている点だ。多くの批判、慎重論は、制度的な不備、準備不足に対するものが多いように思う。一つの政策決定を選択したら、あとは、その不備を解消すべく動くことが必要だと思う。小学校英語だけをそもそも切り取っての議論は無意味だと思う。もっと長いスパンでの英語教育全体のデザインについて考えていければと、いつも思う。
つい、Halさんのブログから、またまた思いを書いてしまいました。
Hal先生の英語見聞録というブログの中で、小学校英語に関するコメントが書かれていた。その中で、
そして、英語を通して日本語も知る、そして、その言語の背景となる、異文化に対する理解、そして発見をしていくことも大切かな、と思う。
と書かれている部分に共感した。
私は、小学校からの英語指導の効用は2つあると思っている。
(1)小学校〜中3までの間での英語カリキュラム立ては真の「ゆとり教育」を生み、コミュニケーション型の英語指導の充実が図られる可能性が高い。
中学校3年間での現行の時間数では、十分な指導ができていると思えない。中国の見学リポートにも書いたが、(こちら「中国英語教育視察日記」をお読みください!)小学校からの時間数確保は、成功していると言え、十分参考になる。
(2)英語を学ぶことで日本語への関心が高まる
Hal先生がおっしゃるように、英語を意識することで、はじめて日本語を意識するようになる点が多々あるということだ。言語が世界をどう切り取ってみているのかを相対化する契機として、英語と日本語の世界の違いと、人間として同じようにみている部分に触れることで、文化、ことばへの関心が高まる例を今までもたくさん教室でみてきた。
上記2点が私が最もメリットとして考えている点だ。多くの批判、慎重論は、制度的な不備、準備不足に対するものが多いように思う。一つの政策決定を選択したら、あとは、その不備を解消すべく動くことが必要だと思う。小学校英語だけをそもそも切り取っての議論は無意味だと思う。もっと長いスパンでの英語教育全体のデザインについて考えていければと、いつも思う。
つい、Halさんのブログから、またまた思いを書いてしまいました。
It's still water??
● It's still water?? …━━━━━━━━ ●
ミズーリー州の田舎に住む先生の家に居候となった留学生。何と薪ストーブの家で、お風呂も外のボイラーで焚くスタイル。さて、お風呂に入る時間となり、留学生は2階のバスルームへ消えていった。しばらくすると、大声で怒鳴っている。
留学生 ”James! James! It's still water! It's still water!"
もともとおっとり型のJames先生は、何を叫んでいるのか今ひとつピンと来ていない様子。
James "It's still water? Sure, I think. Does it change into wine, beer or something?"
と返事した。
お分かりになりましたか?この場面は、留学生がお風呂に入ったところ、まだお湯が沸いておらず水だったので、冷たくて叫んだのでした。しかし、Jamesには、 It's still water. は通じません。英語のwaterと日本語の水はイコールではありませんから。英語では、hotかcoldか区別はしますがお湯も水もwaterです。。
ですので彼からすれば、「それワインかビールでもなると思ったのかなぁ?」と言った感じだったのでしょう。
生徒は、英語と日本語があたかも1対1であるかのような錯覚に陥ることがよくあります。そうしたときに価値観(大袈裟ですね、視点の方がいいでしょうか?)を揺さぶる好材料だと思います。
世の中の切り取り方が、言語(文化)によって違うこと(categorizedの違い)を意識させるのに、時々こうした話をしてみてはいかがでしょうか?
★ランキングに参加しています!★
こちらをクリックいただけると助かります。ご協力ください。


ミズーリー州の田舎に住む先生の家に居候となった留学生。何と薪ストーブの家で、お風呂も外のボイラーで焚くスタイル。さて、お風呂に入る時間となり、留学生は2階のバスルームへ消えていった。しばらくすると、大声で怒鳴っている。
留学生 ”James! James! It's still water! It's still water!"
もともとおっとり型のJames先生は、何を叫んでいるのか今ひとつピンと来ていない様子。
James "It's still water? Sure, I think. Does it change into wine, beer or something?"
と返事した。
お分かりになりましたか?この場面は、留学生がお風呂に入ったところ、まだお湯が沸いておらず水だったので、冷たくて叫んだのでした。しかし、Jamesには、 It's still water. は通じません。英語のwaterと日本語の水はイコールではありませんから。英語では、hotかcoldか区別はしますがお湯も水もwaterです。。
ですので彼からすれば、「それワインかビールでもなると思ったのかなぁ?」と言った感じだったのでしょう。
生徒は、英語と日本語があたかも1対1であるかのような錯覚に陥ることがよくあります。そうしたときに価値観(大袈裟ですね、視点の方がいいでしょうか?)を揺さぶる好材料だと思います。
世の中の切り取り方が、言語(文化)によって違うこと(categorizedの違い)を意識させるのに、時々こうした話をしてみてはいかがでしょうか?
★ランキングに参加しています!★
こちらをクリックいただけると助かります。ご協力ください。
50円ください?
● 右に曲がりますので50円下さい?? ……━━━━━━━━ ●
ある米国からの留学生の話。ホームステイ先から大学へ通うのに、バスを利用していた。その中で、毎日とても不思議に思っていたことがあるという。
バス乗車の際に、料金として180円を乗車時に運賃箱に入れる。しかし、途中でアナウンスが入り、50円要求されるというのだ。しかも、一体いつどうやって皆が支払っているのか分からない。バスカードは、自動的に徴収されているのか?でも現金で支払っている人は、どうも降車時にも支払っている様子はないというのだ。
そもそも何で、バスが曲がる度に50円払わなければいけないのか理由がわからないという。
おわかりになりましたか?
彼は、バスの運転手がこのように言っているのを不思議に思っていた。「右に曲がりますので、50円ください。」・・・・????
「左に曲がりますので、五十円ください。」 じつは、「50円」ではなく、「ご注意」だったのだが、バスや車掌特有の語尾のはっきりしない独特なイントネーションでのアナウンス!確かに、「50円ください。」と聞こえないことも無い。
このように言っていることばを、自分の知っている表現に近づけて聴いてしまう傾向が人の脳にはあるようだ。いわゆる「トップダウン処理」の一つでしょう。英語でも逆に同じようなことがおきますよね。
以前にefe12号で紹介しました「Sweater, rabbit?」の話などは、まさにこの逆のパターンですよね。このような英語の場合の話とセットにして、生徒に話して、意識させてみてはいかがでしょうか?
★ランキングに参加しています!★
こちらをクリックいただけると助かります。ご協力ください。


●京都キャンパス開催まであと 31日! いよいよあと一ヵ月後です!
今年の基調講演も実践的な内容から方略的な内容までバラエティに富んでいます。
今回は、Basil Tonksのセミナーの予告をさせていただきたいと思います。
タイトルは、「The Perfect Teacher」です!
彼の参加型のセミナーは毎年好評ですが、今回はまたすごいタイトルがついていますね。理想的な先生と一口に言っても、保護者からの視点、先生の視点、子供(年代別)の視点で、それぞれ微妙に異なります。それぞれの内容について触れ、かつ共通のベスト5について詳説します。さて、一体理想の先生としての大切なポイントベスト5とは・・・!
セミナーにご期待ください!!
まだ参加登録されていない方はぜひこちらから
⇒ http://www.edvec.co.jp/workshop/index.html
●小中学生の英語指導者のためのe-learningコース「Teyl-JAPAN」の詳しい情報は
こちら!
⇒ http://www.teyl-j.org
ある米国からの留学生の話。ホームステイ先から大学へ通うのに、バスを利用していた。その中で、毎日とても不思議に思っていたことがあるという。
バス乗車の際に、料金として180円を乗車時に運賃箱に入れる。しかし、途中でアナウンスが入り、50円要求されるというのだ。しかも、一体いつどうやって皆が支払っているのか分からない。バスカードは、自動的に徴収されているのか?でも現金で支払っている人は、どうも降車時にも支払っている様子はないというのだ。
そもそも何で、バスが曲がる度に50円払わなければいけないのか理由がわからないという。
おわかりになりましたか?
彼は、バスの運転手がこのように言っているのを不思議に思っていた。「右に曲がりますので、50円ください。」・・・・????
「左に曲がりますので、五十円ください。」 じつは、「50円」ではなく、「ご注意」だったのだが、バスや車掌特有の語尾のはっきりしない独特なイントネーションでのアナウンス!確かに、「50円ください。」と聞こえないことも無い。
このように言っていることばを、自分の知っている表現に近づけて聴いてしまう傾向が人の脳にはあるようだ。いわゆる「トップダウン処理」の一つでしょう。英語でも逆に同じようなことがおきますよね。
以前にefe12号で紹介しました「Sweater, rabbit?」の話などは、まさにこの逆のパターンですよね。このような英語の場合の話とセットにして、生徒に話して、意識させてみてはいかがでしょうか?
★ランキングに参加しています!★
こちらをクリックいただけると助かります。ご協力ください。
●京都キャンパス開催まであと 31日! いよいよあと一ヵ月後です!
今年の基調講演も実践的な内容から方略的な内容までバラエティに富んでいます。
今回は、Basil Tonksのセミナーの予告をさせていただきたいと思います。
タイトルは、「The Perfect Teacher」です!
彼の参加型のセミナーは毎年好評ですが、今回はまたすごいタイトルがついていますね。理想的な先生と一口に言っても、保護者からの視点、先生の視点、子供(年代別)の視点で、それぞれ微妙に異なります。それぞれの内容について触れ、かつ共通のベスト5について詳説します。さて、一体理想の先生としての大切なポイントベスト5とは・・・!
セミナーにご期待ください!!
まだ参加登録されていない方はぜひこちらから
⇒ http://www.edvec.co.jp/workshop/index.html
●小中学生の英語指導者のためのe-learningコース「Teyl-JAPAN」の詳しい情報は
こちら!
⇒ http://www.teyl-j.org
8月15日
8月15日敗戦記念日を迎えて・・・
Imagine by John Lennonの詩を改めて読み、聴く。
Imagine there's no Heaven it's easy if you try
No Hell below us Above us only sky
Imagine all the people Living for today
Imagine there's no countries It isn't hard to do
Nothing to kill or die for And no religion too
Imagine all the people Living life in peace
You may say I'm a dreamer But I'm not the only one
I hope someday you'll join us And the world will live as one
imagine no possessions I wonder if you can
No need for greed or hunger A brotherhood of man
Imagine all the people Sharing all the world
You may say I'm a dreamer But I'm not the only one
I hope someday you'll join us And the world will be as one
Imagine by John Lennonの詩を改めて読み、聴く。
Imagine there's no Heaven it's easy if you try
No Hell below us Above us only sky
Imagine all the people Living for today
Imagine there's no countries It isn't hard to do
Nothing to kill or die for And no religion too
Imagine all the people Living life in peace
You may say I'm a dreamer But I'm not the only one
I hope someday you'll join us And the world will live as one
imagine no possessions I wonder if you can
No need for greed or hunger A brotherhood of man
Imagine all the people Sharing all the world
You may say I'm a dreamer But I'm not the only one
I hope someday you'll join us And the world will be as one
8月9日を迎えて・・・
今日は、8月9日です。長崎に原爆が投下された日。私の祖母や母、叔父、叔母等は、この日長崎の郊外で被爆しました。祖母が見た予知夢のおかげで命は助かりました。それでも、火傷や甲状腺の腫れなどはあったそうです。
先々月、何度も足を運んでいる広島だったのですが、行く機会を作れなかった原爆ドームと記念公園、資料館を見ることができました。憲法改正ムードが高まる中ですが、やはり改めて被爆の事実を目の当たりにすると、中山治氏が著書で述べている誇りを持って戦争から逃げろ!
の論理は正しいなぁと強く思います。
私の弟が、自分のブログに原爆を思いつつ書いた英詩" I saw it "を掲載しています。よろしければ、生徒たちにもこの日を意識させる契機として利用できるのではないかと思います。ちなみに彼は「ワンダーイングリッシュ」というedvec社の教材の中にABCrap SONGという歌が入っていますが、この歌を作って歌っています。
先々月、何度も足を運んでいる広島だったのですが、行く機会を作れなかった原爆ドームと記念公園、資料館を見ることができました。憲法改正ムードが高まる中ですが、やはり改めて被爆の事実を目の当たりにすると、中山治氏が著書で述べている誇りを持って戦争から逃げろ!
私の弟が、自分のブログに原爆を思いつつ書いた英詩" I saw it "を掲載しています。よろしければ、生徒たちにもこの日を意識させる契機として利用できるのではないかと思います。ちなみに彼は「ワンダーイングリッシュ」というedvec社の教材の中にABCrap SONGという歌が入っていますが、この歌を作って歌っています。
ドナルと怒鳴ると通じる?
● ドナルと怒鳴ると通じる? ●
英語は、今ひとつ自信のないある日本人の貧乏学生。テキサス滞在中にホテルからでて、とりあえずファーストフードなら安いし、注文できるだろうと思い、ホテルで近くのマクドナルドの場所を確認して、外へでた。
しかしうろうろして場所が分からず、通りすがりの方に尋ねた。
"Where is Ma-ku-do-na-ru-do?"
"Sorry, I don't know?"と言われてしまった。
「なにー!アメリカ人でマックの場所を知らない?それとも自分の発音が悪いのかも。よーし!」と、次なるチャレンジ。
学生: "I'd like to go to [m-ae-k-d-n-ae-l-d]. Please show me the way to?"
米国人:"Mark・・・what? Sorry I don't know?"
学生:" あれー[macd・n-ar-l-d], you know?"
数にチャレンジしたが結局通じず。でも何とか自力で辿り着く。「何だ近くにあるじゃないか。ひょっとすると、これは黄色人種差別か?」などと思いながら、自分のオーダーの番が来て・・・
学生:"One fried potato, please."
店員:"Sorry, we don't have any fried potato. What else?"
学生:「えーっ!マックにポテトフライが無い?そんな馬鹿な!」
周りを見渡すと食べている人がたくさんいる。あーこれまた黄色人種差別に違いないと憤慨しながらも、何とかセットメニュー注文でポテトにもありつけた。
もちろん、じつは黄色人種差別でも何でもなくて、一つはアクセントの問題。
Mcdonaldの発音時のアクセントは、'mc'の部分は、ほとんど短く軽くしか発音せずに'do'にあるのが普通なのに、この学生は'Mc'と'na'に重きを置いて発音したが故に理解してもらえなかったようだ。
実際に後日、彼は" Where is 怒鳴る?"といって通じたそう。
フライドポテトは、今や有名になりましたが'French fries'ですね。
'fried potato'は、イメージ的には、ジャガイモの丸揚げだとか。
最も、これは日本人というか外国人がほとんどいないエリアでの話し。ほとんどの場所は、もっと柔軟に想像して対処してもらえると思います。
ただ、生徒にアクセントの重要性をイメージさせるのには、効果あり!お試し下さい。
●2006年9月京都キャンパス開催
◇ 立命館大学 湯川 笑子教授
◇ 杉並区立和田中学校長 藤原 和博 先生
◇ セイン・カミュ
◇ 広島文京女子大 三熊 祥文 教授
◇ 京都外国語短期大学 相川 真佐夫 先生 他
多彩なゲスト講演者による内容豊富なセミナーです。まだ参加登録していない方はぜひこちらから
⇒ http://www.edvec.co.jp/workshop/index.html
●小中学生の英語指導者のためのe-learningコース「Teyl-JAPAN」の詳しい情報は
こちら!
⇒ http://www.teyl-j.org
英語は、今ひとつ自信のないある日本人の貧乏学生。テキサス滞在中にホテルからでて、とりあえずファーストフードなら安いし、注文できるだろうと思い、ホテルで近くのマクドナルドの場所を確認して、外へでた。
しかしうろうろして場所が分からず、通りすがりの方に尋ねた。
"Where is Ma-ku-do-na-ru-do?"
"Sorry, I don't know?"と言われてしまった。
「なにー!アメリカ人でマックの場所を知らない?それとも自分の発音が悪いのかも。よーし!」と、次なるチャレンジ。
学生: "I'd like to go to [m-ae-k-d-n-ae-l-d]. Please show me the way to?"
米国人:"Mark・・・what? Sorry I don't know?"
学生:" あれー[macd・n-ar-l-d], you know?"
数にチャレンジしたが結局通じず。でも何とか自力で辿り着く。「何だ近くにあるじゃないか。ひょっとすると、これは黄色人種差別か?」などと思いながら、自分のオーダーの番が来て・・・
学生:"One fried potato, please."
店員:"Sorry, we don't have any fried potato. What else?"
学生:「えーっ!マックにポテトフライが無い?そんな馬鹿な!」
周りを見渡すと食べている人がたくさんいる。あーこれまた黄色人種差別に違いないと憤慨しながらも、何とかセットメニュー注文でポテトにもありつけた。
もちろん、じつは黄色人種差別でも何でもなくて、一つはアクセントの問題。
Mcdonaldの発音時のアクセントは、'mc'の部分は、ほとんど短く軽くしか発音せずに'do'にあるのが普通なのに、この学生は'Mc'と'na'に重きを置いて発音したが故に理解してもらえなかったようだ。
実際に後日、彼は" Where is 怒鳴る?"といって通じたそう。
フライドポテトは、今や有名になりましたが'French fries'ですね。
'fried potato'は、イメージ的には、ジャガイモの丸揚げだとか。
最も、これは日本人というか外国人がほとんどいないエリアでの話し。ほとんどの場所は、もっと柔軟に想像して対処してもらえると思います。
ただ、生徒にアクセントの重要性をイメージさせるのには、効果あり!お試し下さい。
●2006年9月京都キャンパス開催
◇ 立命館大学 湯川 笑子教授
◇ 杉並区立和田中学校長 藤原 和博 先生
◇ セイン・カミュ
◇ 広島文京女子大 三熊 祥文 教授
◇ 京都外国語短期大学 相川 真佐夫 先生 他
多彩なゲスト講演者による内容豊富なセミナーです。まだ参加登録していない方はぜひこちらから
⇒ http://www.edvec.co.jp/workshop/index.html
●小中学生の英語指導者のためのe-learningコース「Teyl-JAPAN」の詳しい情報は
こちら!
⇒ http://www.teyl-j.org
ああ勘違い、バンザーイ!?
● 発音間違いによる勘違い!
「ああ勘違い、バンザーイ!?」
ある国費留学生、ブレントの話。
日本文化を専攻して勉強していたブレントは、日本語も少しできるし、お茶、盆栽が趣味という、所謂ちょっと変わった外国人だった。
以前、米国にいたときに日本人の学生をホームステイで預かった経験がある。せっかく日本にきたので、ぜひ会いたいと訪ねる事にした。その日本人の学生は、広島在住で屋敷塀のある旧家の大きな家に住んでいた。
ブレントが訪問したとき、あいにくちょっと買い物に出ていて、学生のお母様が迎えてくださった。玄関の脇からは、庭が見え、そこにはたくさんの立派な盆栽が並んでいたのを、ブレントは見逃さなかった。しかしさすがにいきなり庭に行くのも何なので、とにかく勧められるまま客間へ上がった。
「娘がアメリカでは大変お世話になりありがとうございました・・・」といったやりとりがしばらく続く。
そうこうするうちに、ブレントは尋ねた。
B「私は、日本のバンザイが大好きです。お母さんは、バンザイはされますか?」
母「いやぁ、最近はあまり・・・」
B「そうですか、それは残念ですね。でももし差し支えなければ、お母さんのバンザイを見たいのですが・・・」
母「いやぁ、人に見せるようなものではないので・・・」と照れる。
B「ええ。もちろん知っています。でもぜひ見たいのですが。」
とやりとりをするうちに、娘も世話になったし、わざわざ広島まで会いに来てくれた外国人。とうとうその母は、意を決して・・・
母「じゃぁ。。。バンザイ!」とやってしまった。
ブレントは、よくわからない。
B 「あのー、バンザイ見せてもらってもいいですか?」
母 「だから。バンザイ!」
B 「?????」
お分かりでしょうか?
ブレントはどうも変な場の空気を理解し、庭を指差しながら、
B「あのーバンザイ見せてもらっていいですか?」
母もようやく間違いに気づき・・・
母「あぁ盆栽!!」と真っ赤になったそうな。
バンザイと聴いて、いきなり盆栽を思い描く日本人はいない。ブレントにとっては、「バ」と「ボ」の違いは難しかったのだ。同様なちょっとした英語の発音の違いが、同じような勘違いを生むことがあり得るということを、生徒に意識させるのに役立ったエピソードです。
(発音なんか、どうでもいいじゃん!という生徒に対して・・・)
「ああ勘違い、バンザーイ!?」
ある国費留学生、ブレントの話。
日本文化を専攻して勉強していたブレントは、日本語も少しできるし、お茶、盆栽が趣味という、所謂ちょっと変わった外国人だった。
以前、米国にいたときに日本人の学生をホームステイで預かった経験がある。せっかく日本にきたので、ぜひ会いたいと訪ねる事にした。その日本人の学生は、広島在住で屋敷塀のある旧家の大きな家に住んでいた。
ブレントが訪問したとき、あいにくちょっと買い物に出ていて、学生のお母様が迎えてくださった。玄関の脇からは、庭が見え、そこにはたくさんの立派な盆栽が並んでいたのを、ブレントは見逃さなかった。しかしさすがにいきなり庭に行くのも何なので、とにかく勧められるまま客間へ上がった。
「娘がアメリカでは大変お世話になりありがとうございました・・・」といったやりとりがしばらく続く。
そうこうするうちに、ブレントは尋ねた。
B「私は、日本のバンザイが大好きです。お母さんは、バンザイはされますか?」
母「いやぁ、最近はあまり・・・」
B「そうですか、それは残念ですね。でももし差し支えなければ、お母さんのバンザイを見たいのですが・・・」
母「いやぁ、人に見せるようなものではないので・・・」と照れる。
B「ええ。もちろん知っています。でもぜひ見たいのですが。」
とやりとりをするうちに、娘も世話になったし、わざわざ広島まで会いに来てくれた外国人。とうとうその母は、意を決して・・・
母「じゃぁ。。。バンザイ!」とやってしまった。
ブレントは、よくわからない。
B 「あのー、バンザイ見せてもらってもいいですか?」
母 「だから。バンザイ!」
B 「?????」
お分かりでしょうか?
ブレントはどうも変な場の空気を理解し、庭を指差しながら、
B「あのーバンザイ見せてもらっていいですか?」
母もようやく間違いに気づき・・・
母「あぁ盆栽!!」と真っ赤になったそうな。
バンザイと聴いて、いきなり盆栽を思い描く日本人はいない。ブレントにとっては、「バ」と「ボ」の違いは難しかったのだ。同様なちょっとした英語の発音の違いが、同じような勘違いを生むことがあり得るということを、生徒に意識させるのに役立ったエピソードです。
(発音なんか、どうでもいいじゃん!という生徒に対して・・・)






